「…………ッ」
うなじを指先でなぞられ、りんかいは物憂く振り返った。
「……ゆりかもめ」
「もうっ! ちょっとはリアクションしてよね!」
ぷうと頬を膨らませる仕草は幼いけれど、その容姿にはよく似合っている。
「リアクションが欲しかったら、他の子にしなよ」
「誰待ってんのか、当てたげよっか?」
しかし、ゆりかもめはまったく違う話を始める。
「は?」
「有楽町なら来ないよー」
「何故、そういう展開になる?」
いつもは仲の良いゆりかもめだったが、りんかいは眉を顰めた。
「車両故障だってー。珍しいね」
「さっき連絡がきたよ」
「何だ、知ってたの」
つまんない、とくるりと振り返ると、ミニスカートの裾がひらりと踊った。
「接続してるからね」
そういえば、彼はゆりかもめとも接続しているのだった。
「西武も東武も乗り入れ路線運転見合わせだってー」
「……東上だろ」
「でもぉ、東武鉄道って言ってたもん」
東武とひとくくりにされるのを嫌がっているのは東武東上線本人だけなのだ。
世間は東上線も東武鉄道の一部と見なしている。
「でもさぁ、自分とこだけでも走ればいいのにねー」
「一番簡単な手段を使っただけさ」
肩を竦めてみせる。
今頃、西武の連中に嫌味を言われているだろうか。
まだラッシュにかからなかっただけマシだとか。
東上は渋い顔をしつつも、何も言わないかもしれない。
そもそも秩父鉄道以外と馴れ合おうとしない。
西武を嫌うのは分かるが、相互乗り入れをしている有楽町にすら心を許そうとしない。
――だから、かわいそうなんだ。
誰が?
「けど、まだ今日でよかったよねー」
不意打ちのようにゆりかもめが顔を鼻先に近付けてくる。
「何が?」
「今日って台風くるから、みんなそれどころじゃないよねー」
「人のこと言えるのかい」
「鉄道みんなおんなじ立場じゃない」
またむくれてみせる。
ぷいっとそっぽを向くと、頭の上で結った髪が跳ねた。
髪の先が顔に当たりそうになって、咄嗟に身を引く。
「うちはともかく、埼京線かな……」
毎朝遅延するのがデフォルトの小柄な彼を思い浮かべる。
「いーじゃん、大崎で折り返しちゃえば」
気楽に言うゆりかもめにさすがに苦笑する。
「見捨てたら、可哀想じゃないか」
乗車率の高さに比例して苦情も痴漢も多い彼に手を差し伸べたのは自分だった。
そこで、自分の使った言葉に気付いた。
――かわいそう。
「え? 何でそこで笑ってんの? ワケわかんない」
「……いや、かもめのことじゃないよ。こっちのこと」
「えー何なのー」
「それは教えてあげない」
「りんかいのけちー」
ブーツの先で地面に八つ当たりする。
「じゃあ、台風対策あるから行くねー」
ばいばい、と手を振って走っていく。
スカートの裾が際どい高さで揺れている。
「……教えてあげない……」
ゆりかもめが去った後、りんかいは独り呟いた。
しきりに瞬きを繰り返しながら、自分を見上げた彼。
その目に自分の顔が映っているのがひどく不思議だった。
「…………」
先程から雨が降ったりやんだりしている。
夜の降水確率は100%という気象庁も自信満々な予報。
関東、東海の路線は皆台風対策に追われていることだろう。
「――待ってなんかいないさ」
今頃、ゆりかもめの問いに答える。
待たずとも、彼は来なくてはならない。
ホームに入る時、自分の方を見ないようにして。
嵐の前に復旧するだろうか。いや、するだろう。
その時、どんな顔して現れるか。
……やはり、待っているというのかもしれない。
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