どたばたと廊下を駆ける足音が聞こえる。しかも悪いことに順調に近付いてきてる。
宇都宮は、ふぅと息を吐いてドアに向かった。
「何だい。うるさいよ」
ぐいとドアを開けると、ちょうどドアを開けようとした男に出会う。
「……う、わ!」
ドアノブを掴んだ体勢で後ろにバランスを崩しかけている。倒れかけたその手が咄嗟に掴んだのは、宇都宮の制服だった。
「何、を……!」
「わあっ!」
宇都宮が身体を引くと、反動で相手が腕の中に飛び込んできた。
勢いのついた身体を支えきれず、二人揃って床に倒れ込んだ。
「痛っ」
「悪い!」
思わず上げた声に、相手――高崎は反射的に謝ってきた。
多分脊髄反射だろう。
その証拠に床に尻餅をついた宇都宮の腕の中にすがりついたまま離れようとしない。
「……重いよ」
低い声で床に腰を打ち付けた恨みを籠めると、高崎はほっとしたような、むっとしたような複雑な表情をした。
「あんま体格変わらないだろ」
「だったら、立場変わってみる?」
「何それ」
宇都宮は高崎の腰に腕を回すと、身体を反転させた。
逆に高崎を組み敷いて、とびきり人の悪い笑顔を作る。
「そういう問題じゃないだろ!分かったから、どいてくれ」
「――ん」
生返事を返して、高崎の首元に顔を埋めた。汗の匂いがする。
「そんなに、何を慌てているんだい?復旧までもう少しかかるから、ゆっくり休んでれば?」
「それだよ!」
声を張り上げた高崎に、宇都宮は訳が分からないと首を傾げた。
「それって何のこと?」
高崎は何故か慌てたように宇都宮の肩を掴んだ。まるで感触を確かめるように。
「だから!その運休だよ!お前、車輌故障って!」
宇都宮は眉を寄せた。
「故障なんてしてないよ」
「だったら、この運休は何だよ!?」
「…………」
「何で、そこで溜息なんだよ」
宇都宮は身体の下にいる高崎の前髪を指先で摘んだ。高崎はその意味が分からず、きょとんとしている。
「運休したのは、故障しない為の点検だよ」
「あ――」
合点がいったという顔で目を見開く。
「まあ、それで高崎を巻き込んだのは悪いと思ってる」
「嘘つけ」
巻き込まれ運休は高崎だけじゃない。仲良く架線を共存してる仲間は他にもいる。
「信用ないんだな、僕も」
「い、いや、そういうんじゃなく!」
わざと哀しげな表情を作ると、高崎はぶんぶんと顔の前で手を振って否定する。
弱いね。
そう思っても声には出さなかった。
「僕のこと、心配してくれたんだ」
「当たり前だろ!」
即答してしまってから目を逸らす。
顔だけでなく、耳まで赤い。
目の前のそれを、宇都宮は甘く噛んだ。
「……ひゃっ?」
予想外の宇都宮の行動に、高崎は変な声を上げて、肩をびくりと震わせた。
「まだ点検終わらないし、このままここでする?」
耳の裏から首筋へと軽くくちづけを繰り返す。
「真っ昼間から何言ってんだよ。無事なら、退いてくれよ」
「無事だから出来るんじゃない」
「そういう問題じゃないだろ!」
ぎゃんぎゃん喚く高崎に、宇都宮は再度溜息をついて身体を起こした。
先に立ち上がり、スラックスについた埃を払う。
やや遅れて、高崎は同じことをした。
「じゃあ、俺行くから」
「つれないね」
「どうせ本気じゃなかったくせに」
見通されてる。
そのことに少しむかついた。高崎のくせに。
だから、部屋から出ようとした高崎の腕を掴んで引き寄せると、今度は本気のキスをした。
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