激しい夕立があった。
乗客の不快指数を限界まで押し上げたそれは、帰宅ラッシュの終了と共に上がった。
人影もまばらな新木場駅ホーム。
有楽町は腕時計に目を遣った。
終電まであと二時間。
一息入れようと、有楽町は階段を上がった。
改札を抜けて、その先のりんかい線方面を見る。
「いるかな……」
りんかい線改札に向かう。
改札から覗き込むと。
両腕に傘を抱えたりんかい線がいた。
その後ろをりんかい線のマスコットりんかるが同じように傘を抱えて歩いていく。
「りんかい」
名を呼ぶと、有楽町に気付いた。
「休憩?」
「うん」
有楽町が頷くと、りんかいは背後のりんかるを振り返った。
「これ、頼むね」
手にしていた傘をりんかるが持ったそれに重ねる。
驚いたように目を丸くしているりんかるに。
「晩ご飯のいわしを増やしてあげるから」
りんかるは大量の傘を抱えて、よたよたと歩いていった。
「え、いいの?」
その様子にさすがに気が咎める。
「大丈夫。あの子、案外力持ちだから」
有楽町の元にやって来たりんかいはさらっと答える。
「それより」
りんかいは有楽町の手を掴んだ。
「何?」
「ちょっと来て」
手を引かれるまま歩き出す。
目的地は。
「……トイレ?」
有楽町の呟きに、りんかいは唇の動きだけで笑う。
「え、ちょ……」
悪いことにりんかいの考えていることが分かってしまった。
「……あのさ、終電終わってからでも……」
「そう思ってたけどね、君の顔見たら抑えられなくなった」
「……それ、喜んでいいの?」
「ふふふ」
都合が良いのか悪いのか、トイレは無人だった。一番端の個室に引き入れられ。
「ねぇ、やっぱ、後で……」
狭い場所で迫ってくるりんかいを手で押し返す。
「ダメ」
りんかいの手が身体の中心に触れる。
「ちょ、待っ……」
遠慮なく前を揉まれて、その手首を掴んだ。
「や、やっぱ、こういうの……んっ」
尚も言い募る唇をうるさいとばかりに塞がれる。
有楽町の指が黒いシャツを掴んだ。
りんかいは片手で有楽町の腰を抱き、もう一方の手が不埒な動きを続ける。
片手でスラックスのファスナーを開け、その奥に潜むものを引き出した。
「んっ、……ちょ、ダメだって……」
眉根に皺を作って、有楽町が弱く拒絶を口にする。
「もうこんなになってるのに?」
りんかいが意地悪く囁く。その吐息すら刺激になって、身体が震える。
有楽町自身は質量を増して形を変えつつあった。それをりんかいが輪にした指で根本から扱き上げる。
「ん……はあ……」
鼓動が高鳴り、呼吸が荒くなり始める。
支えるものを求めた手が黒いシャツを掴む。
「こっちも触って」
「うん……」
もう逆らわずに有楽町の指はりんかいの局部に触れた。やがて同じように形を変え始めたものを引き出した。
「そう、上手くなったね。有楽町」
その言葉に有楽町の顔が真紅に染まる。
「そ、それは……」
「すぐにでも、イケそうだよ」
「……それなら…よかった」
他に返す言葉が見つからなかった。そんな有楽町に対し、りんかいは猫のようにひそかに笑った。
互いの指の動きが速度を増していく。濡れた音が響き。呼吸が荒くなる。
勤務時間中の、それもいつ人が入ってくるか分からない場所での行為は、背徳感が興奮を助長する。
「あ……はあ……っ」
狭い個室で抱き合いながら。
「有楽町」
りんかいが有楽町の耳を食む。
「んっ」
ぶるりと身を震わせ。
「もうイケそう?」
「うん……」
その返事に手の動きを速めた。有楽町もそれに倣う。
濡れた音は隠しようがない。開き直ったような。
「声、抑えてね」
「うん……」
有楽町はりんかいの肩に口を押しつけた。
「それでいいよ」
「…………」
金髪に包まれた頭が上下する。
「いくよ」
掌全体で根本から先端へと扱き、そして限界を迎えた。
互いの手の中に白濁した液体を吐き出す。
震える身体がふたつ。
「は……はあ……」
息を整えていると、誰かがやって来る気配がした。
「!」
慌てて口元を手で抑える。
用を足す音が聞こえる。
「っ!」
過敏になった肌を辿る指がある。
その犯人は誰とは言わず。
有楽町はただ目線で訴えた。
水が流れる音。そして、手を洗う音。
やがて去っていく気配。
「……りんかい」
「君が耐えている顔ってそそるんだよね」
しれっとそんなことを言う。
「……まったく」
脱力しながら、トイレットペーパーで後始末をする。
ファスナーを確実に上げて。
ようやく個室から出た。
「今日はどっちにする?」
「どっちって?」
「たまには終電後のホームでもいいけど」
「…………っ!」
引きかけた紅潮がまた戻る。
「たまにも何もホームでなんてないだろ!それよりも、まだやる気なんですか?」
「あれで終わりじゃないでしょ。いつも」
「う……」
言葉を失っていると、頬にくちづけひとつ。
「じゃあ、待ってるから」
ひらひらと手を振りながら、先に出ていく。
「……まったく、もう……」
待ってる、の返事も聞かずに出ていく彼に自信を感じる。そして、それは間違ってないのだ。
有楽町がトイレから出ると、もう彼は仕事の顔をしてりんかると話をしている。
それを横目で見ながら、自分の職場へ戻る。
長い休憩になってしまった。
途中から早足になる。
この不在を不審がられてはいないだろうか。
そう思いながら、業後には彼の部屋を訪れる自分を知っている。
一度だけ足を止める。
振り返りたい衝動を、弾む呼吸を整えて。
ついでに顔にかかる前髪を掻き上げて。
「……よしっ」
終電まであと少し。
気を引き締めて、有楽町は改札を通った。
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