ごく普通の知り合いだった。
もう友人と呼んでもいいだろうかと首を傾げる程度の。
顔を合わせれば、笑顔で挨拶をし。
調子を訊ね合い、近況を報告し、時にはそれ以上の会話をする。
――今はもう戻れない関係


ぼくのこえ、きこえてる?




後ろから突かれるまま揺さぶられる。
「……っ、……!」
上げた筈の声は聞こえなかった。
両の耳に差し入れられたイヤホンから、エッジの利いたギターと嗄れた男の歌声が否応もなく流れ込んでくる。
この場に似つかわしくない曲調。
聞きたくなくとも、両腕はビニール紐で何重にも巻かれ、わずか自由になる指先がシーツに皺を作っている。
それも見えていない。
ラインカラーのネクタイは視界を塞ぐのに使われ、瞼を開けても閉じても闇しか見えない。
結ばれたネクタイの先が時折汗に濡れた頬を掠める。
「…っ……、……っ」
ぴくりと肩を震わせて思わず上げた声は自分の耳に届く前に、変わらず流れる歌に消された。
上半身に残されたワイシャツはうなじの辺りまでまくり上げられ、はだけた皮膚に幾つも跡をつけられた。
こうやって、この男は自分を追い詰める。
もう人前で着替えることはできない。
一人の夜、ベッドの軋む音にすら身を竦めていることに気付いているのだろうか。
――いや、分かる訳がない。
有楽町は自虐的に胸の内で呟いた。
沈みそうになる腰を無理矢理掴み上げて、男は有楽町を責め立てる。
先に前を扱かれ、何度もイかされた。
ぐったりと抵抗する力もなくしたところで、後ろに突き入れられた。
耳からは変わらぬ歌。
アルバムらしいけれど、詳しくない有楽町にはどれも同じ曲に聞こえた。
こんな関係になる前に一度聞かせてもらったことがある。
――何を聞いてるんだい?
ごく普通のありきたりの問い。
彼は自分の耳からイヤホンの片方を抜いて、差し出してきた。
本当にごくありふれた、やりとり。
そのことを思い出すといつも目が熱くなり鼻の奥がつんと痛くなる。
あの時はまだ、普通の関係だったのに。
面識があって、日常会話をやりとりして。
今はもうそんなありふれた会話なんてできない。
運行中は目を逸らして、見ないようにして。
でも、捕らわれている。
今みたいに物理的な意味でなく。
ビニールひもが食い込んだ皮膚が痛い。きっと傷になっている。
体内に受け入れさせられた異物は硬く、熱かった。
何度も抉られ、入口がひりつく。
汗ではない滴が有楽町の頬を伝って落ちた。
「…………ぅ、……」
快感をこぼしていた唇が別の意味で震える。
「…………ッ!」
ぐりっと最奥まで突かれて、喉が詰まった。
背にのしかかる重みを感じた。
「…………」
耳元でりんかいが何か言った。しかし、音楽が邪魔で聞き取れない。
首を傾けて、見えない視界をそちらに向けると、彼はもう一度言った。
「……痛いのかい」
「…………」
何を今更言うのだろう、この男は。
無言で縛られた手を動かす。
古新聞や雑誌のように括られて、紐が肉に食い込んでいるのが分かる。
くすっと笑う気配がした。
ということはコトが済むまで解放する気はないのだろう。
それとも痛がってるのを楽しんでいるのかもしれない。
趣味が悪いのはとっくに知っている。
男の体内にいきり立ったモノを突っ込んで、掻き回して、挙げ句に熱く粘つく体液を流し込んで。
何が楽しいのかという問いはもう諦めた。
体の奥の快楽をもう知ってしまった。
まるで焼けつくような、悦楽。
ふっ、と背中の重みが離れた。
頭の横に手をつく気配。
「……ふっ、………ぁ!」
途切れ途切れに聞こえる自分の声。肉のぶつかる音。
男が律動を速め、それに抗えない。
背骨が軋むようだ。
指先に触れるシーツを握り締め。
目を開けているのか閉じているのか分からない闇の中で。
「ひ……ぁ……っ?」
ずるりと男が出ていく感覚に総毛立つ。
何故、と疑問に思う間もなく。
背に熱い体液が降ってきた。
青臭い匂いが鼻につく。
けれど、それを熟しきった肌に感じた瞬間、有楽町も自身の欲望を吐き出していた。
「……、……」
ぐったりと体を沈めて荒い息を吐いていると、髪を掠める気配がした。
するりと目隠しが解かれる。
耳からはまだギターと歌声。
「ゆ……く…う」
男が自分の名を呼ぶのが切れ切れに届く。
「これ、ほどけ!」
できる限りの声を上げて、拘束された手首を男の前に差し出した。
喘ぎすぎて掠れたその声に羞恥を覚えて頬が熱くなる。
りんかいは、結び目を長い指で弄っていたがやがて放り出した。
「って、おい!」
再度張り上げた声に薄く笑って、尻ポケットからカッターナイフを取り出す。
「…………っ」
チキリ、と長く伸ばされた刃に、さすがに身を竦める。
「――――――――」
りんかいが何か言った。
それは未だ外されないイヤホンから聞こえるギターに消された。
「おい、今何を……」
それには答えず、有楽町の手を取ると紐の隙間に刃を差し入れた。
上を向いた刃をついじっと見据えてしまう。
ぐいっと手ごたえがあり、それからぷつぷつと切れていく。
有楽町は何かが一緒に壊れていく気がして、それでもそこから目を離せなかった。





某Fさんが「ジ○ヘン聞かされながらヤられる有楽町」とか洗脳してくれました。
片想いくさいのはT原の仕様です。妄想内では両思いでも書くと何故か片想いに。
自分で書いておきながら、ジ○ヘンはアレの時には合わないと思います。



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