目が覚めてから、自分が眠っていたことに気付いた。
宇都宮はすぐ横に眠っている高崎を起こさないようそっと上体を持ち上げた。
「……うつの、みや……」
「高崎、呼んだ?」
起こしてしまっただろうかと顔を覗き込めば、瞼は閉じたままで。
口元が緩く綻んでいる。
何か楽しい夢でも見ているのだろうか。
その夢に自分がいるのだろうか。
「…………」
宇都宮は寝乱れた高崎の髪を撫でた。
高崎は目を覚ます様子はない。
薄く開いた唇から規則正しい寝息が聞こえる。
「……ありえないな」
自嘲気味に薄く微笑って、宇都宮は布団の中から抜け出した。
高崎が疲れて眠るまで貪るように犯した。いつもそうだ。
寝顔を見ているうちに自分まで寝入ってしまったのは失態だが。
ベッドから降り、身支度を整える。
もう一度、高崎の寝顔を覗き込むと、口元がゆるゆると動いた。
「…………みや……」
微かな声が呼んだ。
「…………」
宇都宮は膝を折り、高崎の顔と同じ高さで顔を合わせる。
高崎はよく眠っていて起きる様子はない。
やはり幸せそうに緩んだ唇がむにゃむにゃと動いている。
何か楽しい夢でも見ているのだろうか。
「……ダメだよ、高崎」
夜よりもひそやかに語りかける。
「僕をそんな風に呼んだら」
自惚れたくなってしまうから。
声にせずに続ける。
さらりと額に流れた前髪をそっと梳いた。
僕は君に酷いことしかしていない。
涙と汗で汚れた顔。
なのに、寝顔は穏やかで。
「…………」
宇都宮は涙の跡の残る眦にくちづけた。
「宇都宮ァァァ!!」
高崎の絶叫が響き渡った。
「何だい、うるさいね」
京浜東北は眼鏡の弦を上げ直しながら、呟いた。
「京浜東北、宇都宮見なかったか!?」
廊下を全力疾走してきた高崎は京浜東北に掴みかからん勢いで問いかけた。
「見てないし、知らないよ。今度は何があったの?」
「ワイシャツの袖、全部結わいてあった!」
「……ああ、そう」
京浜東北は興味なさそうに再度眼鏡の弦を押し上げた。
何故、宇都宮が高崎の部屋にいたかは問いたくもない。
「じゃ、俺行くから! くそ! 何処逃げた宇都宮!」
高崎はそこのところを説明していないことに気付いていない。それでいいのだ。迂闊に踏み入って馬に蹴られるのも馬鹿らしい。
「――宇都宮ァァァ!!」
語尾を長く引っ張りつつ、高崎はまた全力で走り出していく。
高崎の絶叫が遠く聞こえる。
「ふふ……いい声」
宇都宮は屋上で高崎の声を聞いていた。
「やっぱり僕らはこうでなくちゃ」
口元に愉しげな笑みを刷く。
そのうち、この場所を嗅ぎつけるだろう。
それを思うと愉しくて仕方ない。
「だって」
そういう時の高崎の顔が好きなのだから、仕方ない。
だから、もっと呼んでよ。
甘い声じゃなくて。
もっと求めて。
切実な声で。
「僕を呼んでよ、高崎」
手摺りに頬杖をついて、空を眺める。
声が近付いてくる。
風が前髪を軽く揺する。
もう少し。
空を見ながら、宇都宮は笑みを深くした。
|