夜と君と白いシャツ





終電の去った駅で、副都心はうんと伸びをした。
灯りの落ちた構内は薄暗い。
最後の点検とばかりにホームを歩く。
ベンチに人影があった。終電に乗り損ねたドジな酔漢だろうか。
白いワイシャツと淡い色の髪が薄闇に浮いている。
「…………」
近寄るにつれ、それが見知った人物によく似ていることに気付いた。
がくりと首を落とした姿勢のまま動かない。
両手の中にコーヒーの缶をくるむように持っている。
間近まで来ると、推測は確信に変わった。
「先輩」
正面に立ち、声をかける。だが、白いシャツの肩は微動だにしない。
怒っているのだろうか。
しかし、今日は怒らせた覚えはない。
「……先輩?」
もう一度呼びかける。それでも反応はない。
「…………」
屈んで、下から顔を覗き込んだ。
「…………」
目を閉じて、規則正しい呼吸音。
「寝てる……」
誰に言うともなく呟く。
「…………」
副都心は立ち上がると、有楽町の隣に腰を下ろした。
その間もぴくりとも動かない。彫像になってしまったかのようだ。
寝るなら宿舎へ戻ってから、と起こすのがいいか、よく眠っているからと放っておくのがいいか、迷った。
そんなに疲れさせているのだろうか。
苦労性の彼が自分宛に来た苦情すら処理しているのを知っている。
そのことを言わないので、こちらからも敢えて尋ねることはしないでいる。
そういうことで精神的に疲弊しているのだろうか。
深く項垂れた頭が肩に寄りかかるのを期待する。それぐらい支えてあげられるのにと。
「先輩……」
ひそやかに名を呼んで、傍らに目を遣る。
かくり、と更に頭が落ち込んで、その拍子に手の中の缶が落ちた。
カツン、カラカラと金属音が静かな構内に響いた。
「……えっ、あれっ」
ぱっと金の髪に包まれた頭が上がり、視線がきょろきょろと左右を見渡す。
「おはようございます、先輩」
「あっ、ああ、おはよう」
つい几帳面に受け答えてから、有楽町は乱れた前髪を掻き上げた。
「俺、寝てた?」
「はい。それはもうぐっすりと爆睡してましたよ」
「うわ……」
副都心は腰を上げて、転がった缶コーヒーを拾った。
少し中身が残っていたらしく、黒々とした水溜まりを後に残す。
「悪い」
その言葉は缶をゴミ箱に捨てた後輩に対してのものだった。
「お疲れですか?」
「いや……昨日丸ノ内と呑みに行って、ちょっと呑みすぎただけ……」
決まり悪そうに答えた。
「終電行って、気が緩んだんだな。あーカッコ悪い」
そもそも先輩にかっこいいとか求めてないですから、というのは飲み込んだ。
代わりに、
「今度、呑みに連れていって下さいよ」
と振り返りながら言った。
「そうだな。そういえば、何だかんだで歓迎会まだだったな。皆に声かけてみるよ」
邪気のない顔で微笑まれて、何も言えなくなった。
二人だけで行きたかったなんて。
それもそのうちに機会は巡ってくるだろう。
そう思って、「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。





ブログからサルベージ。
こういう短い話って、タイトルつけるのが大変。
FYはFの片思いも萌えます。



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