彼と鳩と八高と





小川町のホームのベンチに横たわる細長い物体を見付けた時、東上は咄嗟に見なかったことにして立ち去ろうとした。
「やあ、東上」
ぴこっと細長い身体に似合わない素早さで身体を起こすと、それは東上に呼び掛けた。
「……何やってんだ?」
仕方なく足を止めて振り返る。
「待機の指令来たから、何かあったのかと思って」
険のある視線に構わず、相手は話し始める。
「だからって何でいるんだよ、八高が!」
接続しているのだから、いても不思議はない。分かっているけど、つい口から出てしまった。
「だって、待ってなかったら泣いちゃうよ?」
「誰が!」
「乗客の皆さん」
「ああ……」
がくりと脱力する。この男と話すといつもだ。
マイペースというか。そうでなくては、未だにディーゼルで走ってなどいないだろう。
「で、何かあったの?」
しゅた、とベンチから立ち上がって、東上の顔を覗き込んでくる。
変わった、と思う。
電化してから垢抜けたというか。とにかく全線ディーゼルで高崎―八王子間を直通で結んでいた頃は、もっともっさりした印象だった。
日に数本とはいえ、東京駅直通も走るようになった。だからかもしれない。
しかし、電化と引き換えに以前よりずっと雨に弱くなったのだから、どうしようもない。
東上と接続している小川町はまだディーゼルの区間だけれど、八高といると何となく居心地が悪い気がする。
「亀が……」
「かめ?」
繰り返されて失言に気付く。
「別に何だっていいだろっ!」
「うん」
にこにこと笑いながら、東上を見ている。
掴めない。
ただでさえ他人との交流を苦手とする東上には、どういう態度をとったらいいのか分からない。
ぽす、と頭の上に掌が置かれた。
「東上は優しいなぁ」
「……何処からそうなる?」
頭の上の手を乱暴に振り払う。
「え、違うの?」
にこにこ。
笑みを絶やさず、逆に問い返してくる。
「お前、日本語分かってる?」
「高崎辺りの方言なら分かるよ?」
「意味分かんねぇ……」
再びがくりと脱力する。
そうかなあ、などと呟く相手とは一生分かり合えないと思う。
更に、会えてよかった、なんて言う。毎日顔を合わせているのに。
もう絶対理解不能だ。
「じゃあ、そろそろ走ってこようかなぁ」
「それでいいのか……」
呑気な言葉に思わず呟くと、にっこり笑ってこう言った。
「だって、八高だもん」
「……それでいいのかよ……」
やっぱり力が抜ける。
更に脱力させるように、八高のまわりをばさばさと鳩が舞った。
「分かったから、早く行けよ。こっちは復旧したんだし」
そもそも、その連絡の為に来たのだ。
それを待っていた筈なのに、この男は。
うん、と言って伸びをする。
「ちょっくら高崎まで行ってくるよ」
ちょっと、という距離じゃないというつっこみは胸の内に納めた。
代わりに
「さっさと行け」
そんな冷たい口調にも構わず、ひらひらと手を振って、鳩達を引き連れて去っていく。
思わず見送ってしまってから、東上は誰もいなくなったベンチを蹴飛ばした。





亀で運休したって小耳に挟んだので。違う路線だったら、すみません。
八高は電化前と後で、かなりのビフォーアフター。
きっとキャッチコピーは「鳩と空間のマエストロ」だと思います。



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