掌のオレンジ





東京駅。夕刻。
俺の姿を見て、東海道新幹線が驚いた顔をした。
「珍しいな。ミーティングまであと一時間あるぞ」
「ちょっとね、野暮用」
俺はそそくさと場を立ち去る。
「野暮用って、何処へ行くんだ!?」
東海道ちゃんの言葉は聞こえない振り。
在来の休憩室に向かう。
ドアを開けると、真正面にいた京浜東北が缶コーヒーを持ったまま立ち上がる。
「どうしましたか?山陽上官」
「あ、いや、座ってていいから」
室内をぐるりと見渡して、目当ての顔がいないことがすぐ分かる。
「邪魔したな」
「あっ、はい」
京浜東北は律義に一礼する。
他の在来線達もそれぞれ会釈する。
俺はそれに返す仕草もなく、休憩室を後にする。
この時間なら、東京にいるはずなんだが。
在来線のホームに向かいかけた時。
まさに目当ての人物が歩いてくるのが目に入った。
サングラスにグレーの制服。ロマンスグレーの長髪。
「八高線」
その名前を呼ぶと、立ち止まる。
「どうかしたんですか?」
どうかも何も、お前を探してたんだよ。
とは言わない。
「まあな」
俺が足を止めると、その直前までやってくる。
そして、サングラスを外して、一礼。
「お土産がありますよ」
丁寧語だが、何処かくだけた調子。
「手を出して下さい」
「こう、か?」
八高は上着のポケットから何かを掴み出すと、俺の掌に乗せた。
オレンジ色の小さい果物が三個。ころんと。
「何?みかん、じゃないよな」
「きんかん、ですよ」
「へぇ」
砂糖漬けになっているのしか知らなかったから、それをしげしげと眺めた。
「生でも食べられるんですよ」
俺の内心を読んだようなことを言って、それを一個摘んだ。
そのまま口の中に放り込む。
俺もそれにならって、口の中に入れた。
甘い。
皮の部分は少しほろ苦くて。
「美味いな」
「よかった」
笑顔を向けるから、俺は種を取り出すふりをして、顔をそむけた。
「でも、どうしたんだ、これ」
「乗客のおばあさんから頂いたんです。豊作だったからって」
「へぇ」
「砂糖で煮るそうです。煮たら、また持ってくるって言ってましたよ」
「……そっちは楽しそうだな」
言ってしまってから、嫌味に聞こえなかったかと気になった。
いや、少し嫌みは入ってる。
俺がいないところで、他人と仲良くしてるのが。
けど、心が狭いと思われるのは癪だ。
「楽しいですよ」
普段はサングラスで隠される笑顔。
俺の前では上司部下という関係からか、サングラスを外すが。
その笑顔の裏に隠された過去を思って、俺は咄嗟に言葉を失う。
お互い、いろいろなことがあった。
過去があって、現在がある。
俺も、こいつも。
「それはよかった」
これは本心。
「少し、時間あるか?」
「はい」
「茶でも、どうだ?」
「喜んで」
顔を見合わせて、笑い合った。
「じゃ、行こうぜ」
「はい」
足を並べて歩き出す。
会話に過去のことは一切出さない。
それでいい。
今、平和なんだから。
俺は裏のない笑顔を向けた。





初!八高×山陽です。リクエストを頂いたので、やっちゃいました。
カップリングと言っていいやら分からないくらい何もないですが。
山陽上官は受けでも攻めでもどっちもいけるイイ男だと思います。



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