りんかいは、新木場駅ホームを失踪する金髪を呼び止めた。
「あ、りんかい」
そのまま走り去ってしまうかと思ったが、意に反して有楽町は足を止めた。
「ごめん!」
近付いてきたりんかいに頭を下げる。
ということは、自覚はあるということだ。
けれど、
「何か謝るようなことあったっけ?」
わざと知らぬ顔で首を傾げる。
「だって、最近全然会えてなかっただろ」
「うん、そうだね。でも、仕方ないじゃない」
「そうなんだけど……」
俯く有楽町に近付いて、頬にさらりと触れる。
「んっ……」
くすぐったいのか肩が震えた。
「副都心線の研修でしょ」
「うん」
耳の横からさらりと金髪をすいた。
くすぐったそうに肩を竦めて目を閉じる。
「副都心ねー……」
ふう、と溜め息と共に、有楽町は呟いた。
「大変?」
「時間が拘束されるのがね。しょうがないんだけど」
メトロの中で一番彼と関わるのが有楽町で、それで教育係を任じられたのは至極当然の流れだった。
それを二人とも分かっている。
だから、りんかいは「仕方ない」と言うのだし、それでも根が生真面目な有楽町は悪いと頭を下げるのだ。
「ねぇ、覚えてる?」
有楽町の耳元で囁く。
「んっ」
また有楽町の肩が震える。
「何を?」
離れようとする素振りは見せなかったので、そのまま耳孔に落とし込むように言葉を続ける。
「名前」
「誰の……」
有楽町は耳に手を当てて、身を竦める。
「覚えてない?」
甘い甘い声で囁く。まるで寝物語を囁くような声音で。
「だから、誰の?」
有楽町の頬が徐々に赤みを増していく。
まるで愛撫のような吐息が耳朶にかかるから。
「ちょっ…、りんかい近い」
「だからなんでしょ」
「意味……分からない……」
りんかいの腕が有楽町の腰を引き寄せた。
「そう?」
りんかいの唇がこめかみを掠める。
そのかすかな刺激に有楽町はぎゅっと目を瞑る。
「よせって……こんなところで」
まだ明るいし、何よりここはホームのど真ん中で。
さすがに有楽町は身を捩って、りんかいの腕から逃れようとした。
それを腕に力を込めることで防ぎ、りんかいは有楽町の顔に顔を寄せる。
「有楽町、答えは宿題だよ」
「答えって……本当に意味分からないんだけど」
「知ってる筈だよ」
次は眦にキス。
「ちょっ……!本当にマズイって」
拳で軽くりんかいの胸を叩く。
りんかいは有楽町の額に唇を落として、それから腕の拘束を解いた。
「答え、楽しみにしてるよ」
そう言って、突き放すように背を向ける。
「だから、分からないって!」
有楽町の叫びに、りんかいは振り向いて小さく笑った。
「宿題だよ」
「まだ言うか!」
「そういえば、急いでたんじゃなかった?」
「あ?……ああー!!」
有楽町はきょとんとした後、絶叫した。
髪を掻きむしって走り出す。
「やべ、遅れる!!」
先に歩いていたりんかいを追い越していく。
「じゃあね、有楽町」
「あ、ああ。また!」
すれ違いざまのやりとりはいつもと同じ。
りんかいは遠ざかる金髪に微笑を向ける。
「……案外、気付いてるんじゃない」
新しい路線が、過去の自分と同じ名を持つことを。
もし気付いていないのであれば、無意識で。
「…………」
唇が緩むのを止められない。
だから、仕方ないという言葉で済まそう。
不義理な恋人を責めるようなことはせずに。
その代わり。
新路線開通のごたごたが収まったら。
「その時は覚悟してもらうよ」
りんかいは楽しげに恋人の走り去った先を見送った。
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