「おい、武蔵野!」
「え、俺? 何か用?」
「ちょっと来い」
あくまでも偉そうなゆりかもめに連れてこられたのは、お台場の観覧車。
「あれ、乗るぞ」
「ちょ、ま……。高いところ、苦手なんですけど」
「乗らないのかよ」
「ちょっと無理です。勘弁して下さい」
「じゃあ、こないだ貸した一万五千六百円を今すぐ返せ」
「……わかりました。乗ります」
がっくりとうなだれる武蔵野の前へちょうど順番が回ってくる。
「ほら、行こうぜ」
「はぁい……」
テンション低く乗り込む武蔵野。
しかし、乗ってしまえば、目線はゆりかもめの揃えた膝の合間に行ってしまう。
(男って悲しい……)
「あっ!」
ゆりかもめが立ち上がった。
「ご、ごめんなさいごめんさない。決してそんな気は」
「は?何言ってんだ?」
ゆりかもめはきょとんとした。そして、ガラス窓の向こうを指さす。
「あれ、東京タワーじゃね?あ、あっちは海だ!」
「え、あ、そうだな。あのーゆりかもめさん」
「何だよ」
「ちょっと座って、てゆうか、動かないでー」
ゆりかもめがうろうろと動き回ると、二人の乗った籠がぐらぐら揺れる。
ただでさえ高いところだというのに。
「何言ってんだよ。せっかく360度見えるっつーのに」
「いや、見えなくていいから」
「つまんねー奴!」
「じゃあ、他の人を誘って下さい。俺、無理」
「ふん」
ゆりかもめがどすっと音のする勢いで椅子に戻った。
しかし、その勢いでまた揺れる。
「ちょ、俺、限界」
「もうちょっとで下に着くんだから、我慢してろ」
「うう……」
武蔵野が口元を抑えている間に下に着いた。
係員がドアを開けるか否や、武蔵野は転がり出た。
「やっぱ地上がいいやー」
「武蔵野!ケンタ食べようぜ」
「ええー。ちょ、無理……」
「もちろんお前のおごりでな」
「何でー」
「いちまんごせん……」
「はい。おごらせて頂きます」
「だよなー」
可愛い顔に人の悪い笑みを浮かべる。
「うう……反則」
「何が?」
「いえ、何でもありません」
自分が可愛いのが分かっている相手には抵抗なんてできなかった。
「あのさあ」
「何」
「何で、俺?」
りんかいのことを自分のおもちゃとか言ってるくせに。
何故アベックばかりの観覧車に自分を連れて来たのか。
聞きたいけど、怖い。
「そんなの」
ゆりかもめはブーツの靴先で地面を蹴るふりをした。
「自分で考えろっつーの」
「あー、はいはい」
悪くない。
悪くない、と思ってしまうあたり、ダメだと思った。
「あー」
可愛いは正義!なのだ。
溜息をついて、諦めることにした。
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