「武蔵野!」
いきなりドアを開けて登場したゆりかもめに、武蔵野は驚いた。
「何でこんなところに来るんだよ!」
そういう武蔵野は制服の上に半纏、こたつに背中を丸めて入っている。
「電車を乗り継いできたに決まってるだろ!」
対するゆりかもめはミニスカートで、露出した太腿が寒々しい。
「ねずみの国に連れてけよ!」
「いきなり何言ってんの」
武蔵野はこたつから出る気配はない。
そんな武蔵野をゆりかもめは仁王立ちで見下ろす。
「こないだ万馬券当てただろ!」
「借金は全部返した筈だけど?」
ひらひらしたスカートに目を遣らないように、視線を逸らす。
「お前の奢りに決まってんじゃん」
「何で」
ゆりかもめは不機嫌に頬を膨らませた。
「てめーなんか知らねえ!こたつに当たりすぎて、低温やけどしやがれ!」
言い捨てると、ゆりかもめはドアをばしんと強く閉めて出て行った。
「何なんだよ…」
ひとり残った武蔵野はこたつの上のみかんを取った。
それを食べていると、今度はワインレッドの制服の京葉線が現れた。
「ゆりかもめ、来なかった?」
「来た。来たけど、すぐ帰った」
「え、そうなの?」
京葉は目を瞬かせながら、座った。
「武蔵野とねずみーに行くって言ってたのに」
「……お前が唆したのかよ」
「僕は何も言ってないよ。それに、追いかけなくていいの?」
「何で?」
「ゆりかもめは武蔵野と行きたがってたのに」
「何その言い方。まるで俺が悪者みたいじゃん」
「そうでしょ。武蔵野は乙女心がわかってないんだから」
「分かるかよ、そんなん」
そもそも、ゆりかもめを乙女の範疇に入れていいのか疑問だ。
「ほら、立って」
京葉は立ち上がって、武蔵野の腕を掴んだ。
「お姫様を迎えに行ってあげなよ」
「やだ。寒い」
「ほら、ホカロンあげるから」
「やだ。かったりぃ」
「もう!」
京葉は業を煮やした。
「武蔵野の最低!最悪!」
「何で、そこまで言われなきゃなんねぇんだよ」
「だって、そうじゃない!ゆりかもめは武蔵野を誘いに来たのに」
「たかりに来たんだろ」
「だから、乙女心が分かってないんだよ」
「へいへい」
武蔵野は、よっこらしょっと立ち上がった。
「武蔵野」
「ここにいるとうるさいから、場所変えるだけだ」
「うん」
京葉はにこにこと武蔵野を見ている。
「別にゆりかもめは関係ないからな」
「うん」
だーっ、もう!と頭をかき回したくなるのを堪える。
別に京葉に言われたからじゃない。
去り際のゆりかもめが寂しそうに見えたからじゃない。
武蔵野は着ていた半纏を脱いで放ると、暖かな部屋を後にした。
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