無防備な寝顔を覗き込む黒い影。
指先が横顔の輪郭を辿り、首筋へと落ちる。
「起きないの? 酷いことしちゃうよ?」
声はひっそりと闇に溶けた。
かりそめの恋人
「あっちーつかれたー」
声に出しながら、高崎は部屋に戻った。
ぼすんとベッドにダイヴして、ごろんと横になる。
「あれ?」
何だかシーツがいつもよりさらさらしている気がする。
そういえば、出かける時はくしゃくしゃに丸まっていた筈の毛布がきちんと畳まれている。
それも綺麗に洗われているようだ。
「…………」
高崎はむくりと身を起こした。
こういうことは時々ある。
乱れた髪をぼりぼりと掻いた。
「うーん…………ま、いっか」
ここも清掃業者とかそういう人が入るのかもしれない。
「それより、風呂風呂! あー汗でべたべたするー!」
ばたばたと制服を脱ぎ捨ててユニットバスに飛び込んだ。
深夜、カチャリとドアノブの回る音がした。
盗まれるものはないからと鍵をかけない彼の部屋。
「本当にそう思ってる?」
答えなんて決まっている。
だから昼間だって入りたい放題だ。
汗で湿ったシーツを一向に変えようとしないから、ひそかに取り替えて洗ってやっている。
一度それとなく訊ねてみたことがある。
――何か業者とか来てるみたいでさー。
屈託のない顔でそう言われて、本当のことを言う気をなくしてしまった。
言ったら、きっと鍵をかけるようになるだろう。
好かれていない自覚はある。
だって、わざとそういう態度をとっているから。
単純な分かりやすい彼は裏を読もうとか考えない。
今だって、鍵をかけずに寝入っている。
昼に来た時に洗っておいた毛布はもうくしゃくしゃに丸まってベッドの下に落ちている。
シーツだって、もう汗を吸ってしっとり湿っているだろう。
その上に、何も身に着けないまま眠っている高崎。
部屋に侵入者がいるというのに規則正しい寝息を立てている、彼。
「ねぇ、高崎」
身を屈めて、寝顔を間近で眺める。
「本当に寝てるの?」
分かってる。寝たふりができるような器用な人物じゃないって。
髪をろくに乾かさないまま眠ってしまったのだろう。ぐしゃぐしゃに癖のついた髪を指先で梳いた。
「高崎……」
優しく優しく耳元に囁く。
くすぐったそうにかすかに肩が震えた。
指先を頭からこめかみ、頬、顎へと滑らせる。
「起きないの? 酷いことしちゃうよ?」
――まっすぐな君と違って、僕は酷いことができるよ。
それに。
「代金払ってもらってないしね」
業者ならそれなりの報酬を貰わなくちゃ。
唇に触れると、さすがにうるさそうに手で払われた。
けれど起きた訳ではない。無意識の仕草だ。
いきなり突っ込んだら、目を覚ますだろうか。
その時、何て思うんだろう。
後ろから抱いて、最初は顔が見えないようにして。
何をされているか、すぐには分からないだろう。
でも、犯されてると悟った時の彼の顔が。
想像できるようで、すごく楽しみだった。
横になった身体の、肩甲骨の辺りから腰まで掌で撫でる。
やっぱり汗で湿っていて、時折ひっかかる感じがする。
「高崎」
そっと囁いて、こめかみにくちづけた。
恋人のように。
それから頬にキスをした。
そこも汗の味がした。
肩を掴んで仰向けに転がして、そして――
考えただけで行動には移さなかった。
やっぱり驚いたり、真っ赤になったりする表情を楽しみたいから。
名残惜しげに瞼に唇を落として、それから彼の身体から離れた。
「またね、高崎」
宇都宮は入ってきた時と同じように静かに出て行った。
後に残るのは、変わらぬ寝息だけ。
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