「お疲れ」
終電まであと何本かというところで、ベンチに座って束の間の休息をとっていた。
そうしたら、一言と同時に目の前に缶コーヒーを差し出された。
プルトップは開いていて、白い湯気が立っている。
有楽町は顔を上げた。
「ん。君もお疲れ」
せっかくの好意を湯気と共に受け取った。
「もう少しだね」
缶の中身を啜っていると、向こうから話しかけてきた。
向かいのホームに発着する路線だ。
疲れている様子が向こうから見えたのだろうかと少し恥ずかしくなった。
まだ終電まで時間あるのに。
「ああ、あと少しだよな」
少し温くなった缶コーヒーを両手で包むように持つ。
「だから、そんな顔しないで」
冷たい指先が頬を撫でる。
「そんな顔に出てるか?」
「うん。思い切り」
「うわ、やべー」
顔をごしごしと擦ると、相手は小さく笑った。
ばつが悪くなって、手の中のコーヒーを一気に飲み干した。
それは冷めていた分、甘さが口の中に残った。
「さて、そろそろ行かないと」
ベンチから腰を上げると、視界がぐらりと揺らいだ。
「……あれ?」
目眩なんてほとんど経験したことなかったから、咄嗟に何が起こったのか分からなかった。
今まで座っていたベンチの背凭れに手をついて身体を支えていた。
「どうしたの」
「ん……ちょっと目眩が」
ぶんぶんと頭を振って、顔を上げる。
「……うわ、まだ……」
くらりと頭が傾いで、慌ててベンチに座り込む。
「どうしたんだろ……疲れてるのかな」
今日は人身も車両故障もなかったのに。
「大丈夫かい?」
顔を覗きこんでくる男に、頭を振って無事を伝える。
「疲れてるんだよ……」
その言葉を聞いている余裕がない。
頭が何かに引っ張られるように重くて。
身体が溶けてしまったように感覚がなくて。
「有楽町……」
そっと顔に触れる冷たい掌の感触を最後に。
意識が途絶えた。
「ん…………」
意識が唐突に浮上した。
目を開けると、蛍光灯の明かりが眩しく網膜を刺した。
「え? 蛍光灯?」
改めて頭上を見ると、白い天井が見える。
「天井? 何で?」
まだ終電前の筈だ。こんなところにいる場合じゃない。
「行かなきゃ…………って、ええ!?」
ふと視線を自分に戻せば、一糸纏わぬ姿で。
「何だよ、これ」
きょろきょろと周囲を見れば、そこは何処かのホテルの一室らしく、その中の大半を占めるキングサイズのベッドの中央に寝かされていた。
「え、ちょっ、何これ」
起き上がろうとして、両手が戒められていることに気付いた。
布か何かで頭上で纏め上げられ、更にベッドの天板に縛り付けられていた。
「何だよ、これ!」
「ああ、起きたんだ」
「!」
ドアが開き、黒い服の男が入ってきた。
「りんかい……これ、どうなってるんだよ! 終電はどうなったんだよ!」
「今頃、大騒ぎだろうね」
りんかいは口の端で笑いながら、有楽町のいるベッドに腰かけた。
その勢いで、寝かされていたベッドが軽く軋んだ。
「りんかい?」
彼の表情に何故か背筋を冷たいものが走った。
「これ、どういうことだか分かる?」
縛られた手を動かしてみせると、りんかいは有楽町の顔に手を伸ばしてきた。
「分からない?」
頬に触れた手はホームで触れたのと同じ冷たさだった。
「まさか、お前――」
「仲良くしようよ……」
笑うりんかいに、有楽町は凍りついた。
「……どうして……」
「さあね」
頬から首筋、浮き上がった鎖骨へと掌を這わせながら、りんかいは嘯いた。
「りんかい……」
呆然と手の動きを見遣る。
何故こんな状態なのか、さっぱり分からない。
「これから――ずっと一緒だよ」
耳元で囁いて、りんかいは何かの約束のように戒められた手首にくちづけた。
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