りんかい線×有楽町(→東上)





肌の上を這う指を信じられない思いで見ていた。
きっちり締めていた筈のネクタイは引き抜かれ、シャツのボタンはまるで見せつけるようにひとつひとつ外された。
意外と長くて繊細な指先がアンティークの家具に触れるかのように、そっと撫ぜては離れる。
その度にぞわぞわと背筋がむず痒くなる。
「……なっ、何で、こんなこと……っ!?」
やっと口に出せたのは、そんな言葉で。
有楽町を組み敷いた男は顔を上げた。
普段と変わらないその顔に逆にうすら寒いものを感じた。
「君がかわいそうだから」
「……は?」
言われたことの意味がさっぱり理解できない。
確かに「かわいいから」とか答えられたら、「それはありえないだろ」とつっこんでいる。
――じゃあ、何で?
新木場で接続しているよしみで所属は違えど面識はあった。
だから、部屋に訪ねてきても、何の疑いもせずに招き入れたのだ。
そうしたら、驚く隙も与えずに押し倒されて、慣れた手でネクタイを取られ、気付いた時には両手首をぐるぐるに拘束されていた。
押し退けようと暴れるも、太股を膝で、手首を片手で抑えつけられて思うように動けない。
それで、シャツの前を引き出され、前を開けられた惨めな姿になっている。
女の子にしか見えないゆりかもめとか、短パンのつくばとか、小柄な伊勢崎とか埼京なら、この状況はまだ分かる。
でも、ごく普通のサラリーマン的自分が何故?
何度も目を瞬かせる有楽町の目尻に、彼はそっとキスをした。
「そういうところが、かわいそうだよ……」
確かにこの状況は可哀想だ。男に押し倒されて、シャツを脱がされて。
そうして気付いた。
そもそもその状況を作っているのは。
「は、離せっ! 早くこれを解け!」
足で抑えつけられている下半身は動かないから、腕をじたばたと動かして訴える。
「さぁ、どうしようか……」
「――――っ!!」
カチャカチャと甲高い音を立てて、ベルトが外され、その下のボタンまで躊躇なく外された。
「何して……!? ちょ、やめろって!」
男同士であっても、無理矢理ズボンを引き剥がされるのはよろしくない。
よろしくないどころか、これは。
「ま、待て! 落ち着け!」
「そうだね。おとなしくした方がいい。布でも痕が残るよ」
ぎゅっと縛られた両手を床に押し付けられた。
「そういう意味じゃなく! ……さ、触るなっ!!」
中心を緩く握られて、反射的に腰が引ける。
「大丈夫だから、俺に身を任せて――」
耳元で甘く囁かれても鳥肌しか立たない。
「離せ……離してくれっ!」
暴れても、背中や肩をイタズラに床に打ちつけるだけで。
男なのに男に押し倒されて、ろくに抵抗もできないなんて情けない事この上ない。
何で、こんな。
何で?
……こんなこと、あいつに知られたら軽蔑される……。
不意にそんな風に頭に浮かんだ。
あいつって?
長い前髪の下から警戒心の強い小動物のような目で見上げてくるあの――。
笑うと、案外幼く見えて。
でも、その笑顔は別な奴に向けられていて。
正面から見たら、きっとかわいいだろう。
「…………っ」
有楽町は唇を噛んだ。
何で、こんな時に思い出すんだ。
細い指先が胸から腹の曲線を辿る。
背中から噴き出すのは冷や汗だ。
嫌だ。嫌だ、こんな。
こんなこと、あいつに知られたら――。
「…………う、…………っ!」
知らないうちに涙が頬を零れていた。
何かもう惨めで情けなくて。
掌がふわっと頬に触れた。
「だから、君はかわいそうなんだよ」
そう言って、触れるだけのキスをした。
暴れまくったせいで乱れている前髪を掻き上げて、そこにもキス。
「何でだよ……」
何を考えているのか分からない黒い目を見たくなくて視線を逸らした。
「さてね」
何処か芝居じみた仕草で肩を竦めると、腕を伸ばして手首の戒めを解いた。
「…………え」
あっさりと解放されて逆に驚いてしまう。
「何? もっと先までしてほしかった?」
「違う!」
どん、と突き飛ばして、咄嗟に自分で自分の体を庇う。
「出て行け! もう二度と会いたくない!」
「そう言っても、新木場で会えるよ」
「うるさい!」
側にあった座布団を掴んで投げつけると、ひょいと軽くかわされて腹が立つ。
「じゃあね」
呆気ないほど素気なく男は部屋から出て行った。
「……な、何だったんだよ……」
ほうと息を吐いて、それからズボンを半分ずり下ろされた格好に気付いた。
「はぁ……」
本当に意味が分からない。まるで突風。嵐。
いきなり来て、でも時間がたてば去っていく。
「…………」
とりあえずズボンを直してベルトを締め直して、シャツのボタンを閉めて。
ラインカラーの黄色のネクタイは皺くちゃになっていて、使えそうになかった。
重い腰を上げて、スペアを取り出す。
本当に、何だったのか。
何が「かわいそう」だって?
そればっかり言っていた。
意味が分からない。
そりゃ男に押し倒されて剥かれるなんて、可哀想に違いないが。
素肌の上には、まだ触れた指の感触が残っている。
緩く握られた感触も。
「ああ、もう……………っ!」
何も考えたくない。
言葉の意味も、行動の意味も。
考えてやりたくない。
時計を見遣る。
行かないと。
次は確か。
「小手指行き……」
西武線乗り入れで何故かほっとしている自分がいる。
でも、その次は。
「とりあえず、行くか」
こんな理由で遅れたなんて言えない。
もう何も考えたくない。
厄介な突風が吹いただけなのだ。
新木場駅は地上にあるから。
ドアを開ける。
そのドアはついさっき別な男が触れたのだと思って、思い切り苦い顔をした。





某Wさんがあまりにもりんかい×有楽町で萌えてるので影響された(笑)
そもそも新木場ホームに入るのに並行して走ってるのが悪い(ぇ)
最近、豊洲でかもめのお世話になるので、新木場もあまり行かなくなりました。



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