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高崎は早足で廊下を歩いていた。頬は紅潮し、額には汗が滲んでいる。
 ジャケットは脱いで、小脇にあった。
 ついでにネクタイの結び目に指を入れて緩める。
 向こうから上司が歩いてくるのに気付いて、尚足を速める。
 仕立てのいいスーツをぴしっと着こなしたその姿。
 きゅっと結んだネクタイもセンスがいい。
 「お疲れ様」
 口元に刷いた柔らかい笑みに対して、早口で声を上げる。
 「俺っ、契約、とれたっ」
 何ヶ月も渋い顔をしていた取引先。
 ようやっと成果を上げた。
 「おめでとう」
 その言葉と笑顔に疲労が吹き飛んだ。
 「すぐ、報告書作る……」
 彼が肩に手を置いて顔を近付けるので、言葉が止まる。
 「………………」
 「!」
 ひそりと耳に落とされた言葉に、どきりと鼓動が高鳴る。
 「じゃあ、これから会議があるから」
 「あ、ああ……」
 去っていく上司の背を呆然と見送って、それからすべき業務のことを思い出した。
 「早く、しないとっ」
 再び早足で営業部のフロアを目指す。
 耳の中で先刻の台詞が何度も蘇る。
 
 
 ――いつものところで、七時。
 
 
 緩む頬を抑えきれないまま、高崎は軽い足取りで歩いていった。
 
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