いつもと同じ電車はいつもと同じく混雑していた。
「むぎゅ……」
高崎はドアの側で潰されていた。
鞄を持った手を上げると、今度は下ろすことができない。
しばらくこちら側のドアは開かないから、当分はこのポーズのままだ。
「…………?」
さわさわとスーツの上から触わる気配がする。
この混雑だ。たまたま近くの人と擦れ合っているのかと思った。
それは尻を全体的に掠めた後、太股に触れてきた。それもお互い身じろぎしているせいだと思った。
だが、それが前に回ってきた時、初めておかしいと感じた。
(…………えっ……)
中心をさわさわと撫で回す感触。
さすがに変だ。
(なっ……何……)
それでもまだそうではないと思っていた。
形を確かめるように円を描くように掌とおぼしき感覚が触れていく。
そして、きゅっと緩く握り込まれた。
「!」
(こっ、これは……っ)
確信した。
ありえないことだけど。
まさか男の自分が。
(……ち、痴漢……!)
しかし、どうしたらいいのか分からない。
まだ間違いの可能性があるし、男が触られているなんて信じてもらえないだろう。
その間にも、きゅ、きゅ、と何度も緩く握られている。
血が、そこへ集まっていくのを感じる。
(や、やばい……っ)
振り解こうと身を捩るが、隣のOLらしき女性に睨まれただけだった。
(なっ、何で、俺が……っ)
隣の女性に悪いが、何故向こうは何ともなくて、男の高崎がそんな目に遭っているのか。
混乱しつつも徐々に息が上がっていることに気付く。
(……やばいって……っ)
はあ、と熱い吐息が零れる。
そこが大きく育っていくのが分かる。
(こんな……ところで……っ)
その手は何度も高崎の中心を握っては離し、擦り続ける。明らかに追い上げる動き。
「ちょ……っ!」
声を上げると、先程のOLがまたじろりと睨んだ。
それ以上に。
声が上擦っていて。
(やばいっ)
高崎は持っていた鞄で口を覆った。
どくどくと脈が速くなる。
と、その耳に。
背後から、はあはあと荒い吐息が聞こえた。
(なっ、何なんだよっ!)
高崎に触れているその人物は興奮しているのだ。
(このっ、変態っ!)
肘で突こうとすると、ぎゅっと強く握られた。
(ふあ……っ!)
声が出そうになって、慌てて鞄を口に押しつける。
文字通り弱みを握られている。
高崎はなす術なく感覚に耐えなければならない。
(こんな時は、お経を唱えるといいって聞いたような……)
目を閉じて、なるべく気を逸らすように……。
鎮まれ鎮まれ――。
(……えっ)
あろうことか、不埒な手はスラックスのファスナーを下ろし始めた。
(なっ、何して……っ!)
するりと中へ潜り込むと、下着の中の高崎自身に直に触れてきた。
(う……っ)
先走りの露を浮かべた先端を擦られ、声が漏れそうになる。
(ちょ、俺……っ)
幹を握られ、上下に擦られる。
(うっ……や、やばいって……)
列車の走行音で濡れた音は消されるけれど。
はあ、と吐いた息は艶めかしく。
(も、もう……やだって……)
膝が震え、限界が近いのを察する。
こんなところで。
朝っぱらから。
(やばいって……もう、やめ……っ)
不埒な手に訴えたいけど、今声を出したらあられもない声が出そうで堪える。
「は……あ……」
漏れそうになる声を鞄で押し殺す。
こしこしと熱く張った幹を擦り上げられて。
それから、濡れた先端を擽られて。
「あ……っ」
(ま、まずい……っ)
奥歯を噛み締めようにも、勝手に唇が解けてしまう。
どんどんと血流がそこに集まっていく。
(や、やだ……っ!)
自分の意志では抑えきれない。
どうしようもない感覚に泣きそうになる。
(も、もう……っ、やめ……っ)
その時。
「…………?」
ふっと刺激が消えた。
高崎を苛んでいた手が離れたのだ。
「えっ……」
登りかけていた途中で突き放された感覚。
呆然としていると、その手は高崎を下着の奥に仕舞い、ファスナーを元通り締めた。
(な、何……)
唖然としている間にガタンと列車が揺れた。
プシューと高崎の目の前のドアが開いて、人が次々と降りていく。
「あ……」
ドア際にいた高崎も人波に流されるようにホームに降りていた。
「――っ!」
振り返って、不埒な手の持ち主を捜そうとしたが、誰も彼もがせわしく車両から降りて歩き去っていく。
(何だったんだ……)
まだ鼓動がどくどく早鐘を打っている。
頬が熱い。
そして、何気なく下肢を見て、更に頬に血が上る。
(やべ……っ)
そこは明らかに膨らんでいた。慌てて鞄で前を隠す。
「何なんだよ……」
高崎は今度こそ泣きそうになりながら、トイレを探してホームを走り出した。
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