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 一ヶ所のみ点けられた蛍光灯が、その真下の高崎だけを照らすイースト商事営業部フロア。さして広くもない部屋の、明かりはそれひとつきりだった。
 ドアが開く音に、高崎は首だけそちらに向けた。
 営業部の部長である宇都宮がネクタイの首元を緩めつつ、入ってくるところだった。
 「あれ、高崎まだいたの?」
 その言葉に、むう、と渋面を作る。
 「しょうがねぇだろ。今日一日外回りしてたんだから」
 二人しかいないので、高崎の口調はぞんざいなものだ。
 「そうだっけ」
 高崎の背後で足を止める気配。
 知らず、背筋が緊張する。
 ぽんと肩に手を置かれ、反射的に首を竦める。
 宇都宮が長身を屈め、高崎の肩越しにモニターを覗き込んだ。
 「何やってるの?」
 「明日の会議の資料!」
 「ふうん」
 宇都宮の顔が顔の近くにあった。
 落ち着かなくなる。
 先程まで勢いよくキーボードを叩いていた指が止まる。
 「高崎、手が止まってるよ」
 その指摘に誰のせいだと反論しようとした時。
 「!」
 息が止まる。
 宇都宮の手が肩から首筋、頬へと撫で上がる。
 ぞくりとする。
 「う、宇都宮っ」
 「何」
 頬から更に上に上がり、高崎の短い髪を弄ぶ宇都宮の指。
 そこに何らかの意図を感じてしまう。
 だが、むげに触るなとも言えず、高崎は押し黙った。
 もともと宇都宮はスキンシップを行う方ではない。他の社員の肩を叩いたりすることもない。
 高崎だけ。
 それも人に知られては困る関係になってから。
 だから、高崎は宇都宮の手を振り払えない。
 「高崎」
 宇都宮は散々高崎の髪をいじった後、再び頬を撫でた。それから、人差し指でついと顎を持ち上げた。
 「…………」
 ひとつだけ点った蛍光灯が目に眩しい。
 宇都宮の顔が近付いてくる。
 高崎は観念して目を閉じた。
 触れるだけのキスを交わす。
 宇都宮の唇はいつも少しだけ温度が低く、乾いている。
 その時、腹の方で何かごそごそする気配がした。
 「……ちょっ!」
 見ると、宇都宮の手がシャツの裾を引っ張り出そうとしていた。
 さすがにその手は押さえる。
 「ちょ、ちょっと何してんだよっ!」
 「何って、言ってほしいの?」
 「い、言わなくていいっ!」
 身を捩ってシャツを死守すると、キーボードをいくつか叩いた。
 「……やっぱ、明日早く来てやるっ!」
 上着の前を掻き合わせながら、くるりと回るように立ち上がった。
 「高崎が? 朝早く?」
 揶揄する口調には答えず、鞄を引っ掴んだ。
 「じゃ、電気消すから! 鍵よろしくっ!」
 ぱちり、と容赦なく唯一の蛍光灯を消した。非常灯のぼんやりした明かりだけになる。
 そこに佇む宇都宮を置いて、高崎は営業部から飛び出した。
 いつまでも顔が熱いのを自覚しながら。
 
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