終電は向こうの方が早い。
なのに、まだ戻らない。
もどかしい気持ちを膝と一緒に抱えて、東海道は小さく背を丸めた。
指先と鼻の先がつんと冷えて痛い。
「早く戻って来い、馬鹿」
呟いて、でもその場から動こうとしない。
どのくらいそうしていただろう。
聞きなれた靴音が近付いてくる。
けれど、顔を上げてそちらを見たりしない。
目線は床に置いた爪先に固定して。耳は靴音を捉えたままで。
自分の前までかっちりあと一歩。
「遅いぞ、馬鹿者」
顔を上げる。
「部屋さへぇってれば、よがっだのに」
その部屋のドアは座り込んだ背中で封じられていた。
「鍵は開けといたで」
座り込んだ東海道の正面に立ち、手を差し伸べる。
躊躇することなくその手を取った。
その手も冷たく、思わず顔を見てしまった。
「なした?」
「何でもない!」
立ち上がると突き放すように手を離した。
けれど、山形はもう一度手を取り直した。
「こんだけ冷たくなってなぁ」
白く冷えた指先にふう、と息をかける。
凍えた感覚がほんのわずかぬくもりに溶ける。
「痛くはねぇが?」
指を自分の掌で包むように掴む。
「いや……」
目を逸らしたのは頬が赤くなるのをごまかす為だ。
「早く部屋さへぇれ」
「ああ……」
じんわりと伝わってくる体温に思考まで溶けていきそうだ。
ほんの一瞬、冷たい廊下も悪くないと思った。
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