「高崎、手出して」
と宇都宮が言うから、思わず手を差し出していた。
「ん」
宇都宮は当然のようにその手を取って、上を向いた掌に顔を近付ける。
手相でも始めたのかと思うと、指先を持ってくるんと裏返された。
「?」
丸く背を屈めた位置から意味ありげな笑みが返る。
「何――――っ」
ひくりと背筋が震えてしまった。
何しろ宇都宮は中世の騎士のようにそこにくちづけたのだから。
「なっ、何すんだよ!」
反射的に手を引こうとすると、指先を掴まれた。
「待って」
思いのほか強い視線に絡め取られる。
「な、何だよ」
口ではそう言いながらも、捕えられた手を引けない。
「たかさき」
先程より低めた声で呼ばれると、もう動けない。
「う…………」
喉の奥から唸るような声が小さく洩れただけで。
動けない。
恭しく掲げられた己の手が妙に気恥ずかしい。
「……もう、いいだろ」
目線を明後日の方に逸らせて、唇を尖らせる。
見てられない。
耳が熱い。
喉に何か詰まったような感じがする。
「ん――――」
くぐもった声と濡れた感触に、視線を戻した。
「何やって……!」
人差し指と中指の二本を躊躇わずに口中に引き込んで。
濡れた生温かい感触がぐるりと舐め回す。
ぞぞ、と背筋を何かが走り抜ける。
「お前っ、何して……っ!」
何をしているのかなんて明白だ。
高崎の指を、宇都宮が舐めている。
何で?
それは分からない。
ねっとりと舌が絡み、唾液を塗りつける。
宇都宮の口の中は温かくて、湿っていて、何よりぞくぞくする。
指の付け根を舌先がくすぐり、唇が緩く締め付ける。
「……うつの、みや……」
どうしたらいいのか分からない。
だって、ここはただの廊下で、どちらかの部屋という訳ではない。
部屋なら、それから何をするのかなんて分かりきっているが、まさか廊下で事に及ぶ訳にはいかない。
そもそも今はそんな気分じゃなかった。
なかったけど。
宇都宮の舌先が指を舐め回して、その温かさと濡れた感触にくらりと目眩がする。
屈んでいる為に、いつも見えないつむじが見える。
俯いて伏せた目線。
こうして見ると、パーツは割と整っているのではないだろうか。
「う…………」
どくん、と不意に心臓が高鳴って焦る。
こんなところで。
血があらぬところに集まりそうになる。
冗談じゃない。
こんなところで。こんなことで。
ちろちろと動く舌が紅くてやけにいやらしい。
唾液に濡れて光る指先も。透明な液は滴り落ちるほどだった。
宇都宮が顔を上げた。高崎の指に舌を這わせながら。
「あれ?感じちゃった?」
「…………っ!!」
途端に頬が焼けつくように熱くなる。
「そんなワケあるかっ!」
ぐい、と今度こそ本当に手を引いて、宇都宮の元から奪う。
「きたねーなぁ!何すんだよ!」
濡れた指をズボンでごしごし擦った。
「ひどいな」
宇都宮は思ってもないことを言って肩を竦めた。
「あと少しだったでしょ?」
「何がだよ!」
「してもいいの?」
「冗談!」
また手を掴まれてなるものかと体の前でぎゅっと両手を握り締める。
「高崎」
伸ばされた手を噛みつく勢いで睨みつけた。
「まだ終電終わってねぇよ!」
「じゃあ、終わってからね」
「はあ?」
高崎が気の抜けた返事をすると、宇都宮は小さく笑った。
「どっちの部屋がいい?」
「な、何言ってんだよ!」
「行くよ」
「誰も承諾してない!」
「するよ」
すっと間の距離を詰めると、宇都宮は高崎の頬に触れるだけのキス。
「ちょっ!!」
思わず宇都宮の唇が触れたところを手で抑えてしまう。
「じゃあ、後で」
宇都宮はそんな高崎を置いて、先に立ち去っていく。
「な…何だよ、アイツは……」
ズボンに擦りつけた指が熱を持って脈打っている。まるで心臓がそこにできたみたいだ。
――後で。
宇都宮は本当に来るだろう。
その先を考えようとすると脳神経が焼き切れそうになる。羞恥で。
けれど、堪えられないのも本当だった。
そこまで見透かしての宇都宮の行動で言葉だった。
何か釈然としないものを感じる。
だけど、体の奥についた火はそう簡単に消えそうになくて。
「あいつ、むかつく!」
高崎に出来たのは、「アイツ」に向かって暴言を吐くことだけだった。
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