窓の外では雨が降り続いている。
この分では、明日は朝から走れないかもしれない。
そう思うと不安でいてもたってもいられなかった。
山形の部屋に行けば、「おめさは心配しなぐでええべ」と優しく背を撫でてくれるのは分かっていた。
けれど、時刻は真夜中をとうに過ぎていて、いつでも来ていいと言われていても躊躇われる。
「……山形……」
それでも名前は勝手に口から出てきて、更に寂しさを掻き立てる。
横になって丸まって、雨の音から耳を塞いで。
「山形ぁ……」
涙が出そうになって、ぎゅっと自分の身体を抱き締める。
山形がそうしてくれるように。
優しく抱き締めて、背を撫でて宥めてくれる。
「……やま、がた……」
想像していたら、本当に涙が出てきた。
外は暴風雨と言っていいぐらいに荒れていて、窓をガタガタ揺らしている。
「やまがたぁ……」
きっと今頃は夢の中で野鳥と戯れているにちがいない。
叩き起こしてやりたい衝動に駆られる。
けれど、自意識の高さがそれを止める。
身体を丸めてなるべく窓の外の音は聞かないようにする。
「山形…………」
名に籠めた意味が微妙に変わった。
無意識に手が足の間へと伸びていく。
「ちが……っ、ダメだそんなこと」
そう呟いているものの、手は目的地についていて緩く揉み始める。
「ダメ……ダメだ、から……っ」
パジャマのズボンと下着の下に手は滑り込む。
「んっ」
直に触れると身体が跳ねた。
爪先がシーツを蹴る。
「……やまがたぁ……」
目を閉じて、なるべく意識から外の雨を消し。
脳裏に浮かぶのは優しい男。
――おめぇさは悪がねぇさ……。
耳に快い声でいつも宥めてくれる。
「やまがた、やまがたぁ……」
掌で握り込んだそれを上下に擦る。
いけない、と思うのに、手が止まらない。
どんな風に触れるのだろう。きっと優しく――。
でも、優しいだけじゃ物足りない。腰を擦りつけて、もっととねだる。
手の動きを速める。先端から染み出た体液が手を、竿を濡らす。
「んっ」
下着の中では苦しくなって、ズボンと一緒に膝まで引き下ろす。
半ば勃ち上がったそれを自分で目にしたくなくて、瞼を瞑る。
「やまがたぁ……」
奴の指はこんな細くない。長いけれど節のある、男の指だ。
濡れた茎を上下に何度も擦って、そしてあの耳に快い声で言うのだ。
『力抜げ、東海道』
余計な力を抜いて、そこだけに神経を集中する。
もう雨の音は聞こえない。
淫らな水音が上がる。
身体の奥が熱くてどうしようもない。
「やまがた……やまがたぁ……」
縋る相手は側にいない。仕方なくもう一方の手で自分の身体を抱き締める。
『おめさの好きなようにしてくんろ』
絶頂を目指していいか躊躇う指に空耳が優しく言う。
「やまがたぁ……」
涙がぽろぽろと零れる。
山形だったらいいのに。何も言わないで身を任せられるのに。
「……山形……もぉ……」
いない相手に向かって許しを乞う。
もう東海道の中心は腹につく程反り返っていて、先走りの液でいやらしく濡れている。
触れた指も濡れて光っている。
『おめぇさはわるぐね』
いつもの言葉。
「山形っ!」
もう何も見えなかった。
ただ、いつものあの笑顔だけが。
脳裏に浮かんで。
優しい言葉が、耳に聞こえて。
手は止まらない。
小刻みに震える足。
仰け反る背中。
「あ、ああ……やまがた……っ!」
踵でシーツを蹴り飛ばして。
手の中に白い欲望を放っていた。
「…………」
しばらく余韻に肩を波打たせる。
「山形…………」
零れる涙の意味は、自分でも分からなかった。
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