どうしてこんなことになったんだろう。
有楽町は周りを見渡して途方に暮れた。
色とりどりのイルミネーションが目に眩しい。
更にそれを眺めているのは、ほとんどが男女のカップル。
それにひきかえ。
「うえ、上がってみる?」
「あ、うん……」
隣にいるのは黒衣の男。
さすがに冬なので、黒のロングコートを羽織っている。
雑踏を歩く背中を見失わないように続く。
「あっ」
前を歩いていた若い男の踵を踏んで転びかけた。
「すいません」
「大丈夫?」
りんかいはすっと腕を伸ばすと、有楽町の手を取った。
「え、ちょっ」
掴まれた手に焦る。
本当にどうしてこんなところで、男二人で手を繋いでなきゃいけないんだろう。
原因は軽い一言。
――今年もイルミネーション派手なんだろうな。
――地下だから見えないよ。
苦笑しながらそう応えて。それで終わりの筈だったのに。
何故か待ち合わせまでして、ここにいる。
「平日ど真ん中なのに、何処から出てくるんだ?」
「イベントだからね」
もう繋いだ手をほどくのは諦めた。
実際、そばにいないと流されて二度と出会えなくなりそうな混雑ぶりだった。
「イベントかあ」
呆れが半分混ざる。それは今この場所にいる自分達のことも指していた。
人の波に苦労して辿り着いたエレベーターは更に混雑していた。
向かい合わせに密着する体勢に、何処へ目を向けたらいいか分からない。
連れは混雑にも嫌な顔ひとつせず立っている。
お互いラッシュには慣れている。
ただ気になるのは、相手がよく知った人物だから。余計な気を回してしまう。
どうにか目的の階に到着し、エレベーターから吐き出される。
そこでも人波に押されるようにして歩いた。
「外が見えるよ」
「あ、ほんとだ」
ガラス越しに、デコレートされた地上の灯と、黒々とした海。その上を電飾で飾り付けられた屋形船がすいすいと行き交っている。
「屋形船までイルミネーションになってる」
「そうだね」
笑って顔を見合わせる。
「まあ、来た甲斐はあったかな」
「そう言ってくれると助かるよ」
人混みに辟易していたのは自分だけじゃなかったと知った。
「でも、一度は見たかったし」
「そうだね」
りんかいは有楽町の手を引いて先へ進む。
「ねぇ、もう手は放してくれても」
「誰も見てないよ」
「分かんないよ」
けど、振り払うことはできなくて、手を引かれるまま半歩下がって後をついていく。
「来年はあれに乗ろうか」
指先がガラスの向こうの船を指す。
「マジで?」
「海から見上げるのもいいと思うよ」
「……考えとく」
そして、ガラス窓から目を離したその時。
「!」
不意に唇を掠める感触。
「な、何やって!」
「本番は後でね」
「な、本番て!」
「せっかくのイブなのに、このまま帰るつもりだった?」
匂わせるような言葉に、頬に血が上る。
「そ、それは……こーいうところで言う発言じゃないっていうか……」
「じゃあ、こういうところじゃないところへ行こうか」
「ええー、そうなるの?」
引かれる手のまま、ついていく。
ふと前を行くりんかいが振り返った。
「な、何」
「……何でもないよ」
多分、分かってる。
有楽町の顔が赤いのは電飾のせいじゃないって。
だから、有楽町は手を預けたまま、顔を伏せるしかなかった。
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