現れた人物に西武池袋は最大限に不機嫌な顔をした。
「何の用だ?嘲笑いにでも来たか」
つっけんどんな言葉にも動じた様子はなく、彼は近付いてきた。
「いや……大丈夫かなぁと思って」
へらり、と困ったような笑顔を作る。
しかし、西武池袋はにべもない。
「貴様のとこの乗り入れも運休だろう。こんなところへ来る用事はないだろう」
「……人身だって?」
有楽町の言葉に、眉間に更に深い皺を刻む。
「それがどうした。貴様のところは小竹向原で折り返しだろう。わざわざここまで来る理由がない」
「だから、様子を見に来たんだって」
「用がないなら、東武へ行けばいいだろう」
西武池袋の刺のある言葉にはすっかり慣れている有楽町はやはり困ったような顔のまま動こうとしなかった。
「うん。今のところ東上は順調だからさ」
「それはよかったな」
言葉からも表情からも険はとれない。
西武が東武を嫌っている以上に、今の態度は頑なだった。
「早く行け。こっちも復旧に忙しい」
確かにたいてい30分で架線回復する。
たかが30分。されど。
「だから、心配して……」
「他人に心配してもらう必要などない。分かったら、さっさと消えろ」
「ちょっと……」
さすがに有楽町も表情を固くした。
「そりゃ運休が嫌だってのも分かるけど……」
「嫌ではない。恥なだけだ。こんな事態など、堤会長に合わせる顔がない」
「でも、しょうがないじゃない」
「うるさい!さっさと森林公園にでも行ってこい!」
理由は分からないが、いつもよりひどく不機嫌だ。日曜の人身事故は予想外だったからかもしれない。
「それ言い過ぎ」
当たられてばかりで、少し腹が立ってきた。
事故処理が大変なのは分かる。乗客の振替を考えると頭が痛い。
けれど。
「復旧したら連絡してやる。それまで東武と仲良くしてればいい!」
ふいと顔を背けて去りかけるのを、咄嗟に腕を掴んで引き留めていた。
「何をする!」
しかし、一瞬で振りほどかれ。
「乗り入れてるからって、いい気になるな!」
「ちょっ……!」
口を開けば冷淡な言葉しか出てこない唇を。
思わず掌で塞いでいた。
温かく柔らかい感触だった。
「…………ッ!」
思いもよらない有楽町の行動に、西武池袋は固まっていた。
それも一瞬のことだった。
「あだっ!」
有楽町の目の前を星が散った。
「……何もグーで殴らなくても」
「貴様が変な真似をするからだ!」
「うわ……」
「何だ」
自分で気付いていないのかと思う。
「顔真っ赤……」
「――――!!」
平手はさすがに避けた。
「……さっさと消えろ!」
言った方が靴音も高く立ち去っていった。
「だから、放っておけないんだけどなぁ」
ずきずきと痛む頭を抑え、有楽町は青いコートの背を見送りながら呟いた。
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